音楽でも人生でも一緒な気がする。
時計が嫌いだ。
時計の「刻む」時間が大嫌いだ。
時計というのは残酷にも全世界で同じ時を刻んでいる。(時差はあるが、泣いても笑っても1分は1分だし、正午は太陽がほぼ南中する時刻である。通常「日本の正午」は「アメリカの正午」と同等の時刻だと考えるであろう。)
これがどうにも理解できないし、ノれないのである。
本来、時間というものは「流れるもの」だったり、「ゆらぐもの」だったり、「同調するもの」だったり、「分かれるもの」だったりするのではないか。
1歳の1時間と80歳の1時間は絶対に違うし、空腹の1時間と満腹の1時間も違う。
今日の正午と昨日の正午は違うし、私の正午とあなたの正午も違う。
一緒に生活したり、同じ時を過ごしたり、一方が一方を強く意識して合わせに行ったときにはじめて互いの時間が同調して、同じ流れに身を任せることが、本来の「調子があった」状態だと思う。
自分の調子をとりながら生きたいし、何をするにしても調子に合わせてやりたい。
というか、時計によって作られた調子に合わせることが絶望的に下手くそで困っている。
私も社会人という道化をしているので、〇日〇時までに××をする、となれば、当然「1日2時間ぐらいやれば終わりそうだ」とか「〇日までにココまで、〇日までにはココまで終わってたらいいはず」とか、逆算をするわけだが、もう、絶望的にこれ通りにならないのだ。
もちろん、アクシデントに備えてバッファーはとってある。それぐらい知っている。
なのに、うまくいかない。
まず、いっぺんノってしまえばあっという間に終わってしまう。
あっという間におわってしまったら「終わりました」と報告しないわけにもいかない。
そうすると、褒められるが新しい仕事を振られる。
しかし、あたらしい仕事にノることができないことも多い。
そして、ノらないといつまでも終わらない。
なんとか締め切り前にやっつけるものの所詮やっつけ仕事で満足感は全くないし、他人からは「ムラがある」という評価になる。
たまたま数回いい塩梅にノッてしまったときなどは悲劇だ。
「すごいデキるときはデキるのに、デキないときは本当にデキない人」という評価はもはや「ぱっとしない人」より爆弾扱いされてしまう。
こうして痛い目に遭ったら、こんどは保身に走る。
ノリにノッて爆速で仕事を終わらせても、期日よりちょっと前までそれを隠しておくようになる。(「暇そうな人」に見えないように取り繕うことが上手になる。)
どうもノれない時は本当の締切より前に仮締め切りを置いて、人から見ると「謎に尻に火がついている人」になる。(自分を本気で騙すようになる。そうじゃないと本締切直前まで持ち越すことになる。)
どっちもあんまり精神衛生上よろしくはない。
仕事のスケジュールって、時計が刻む時間以外のリズム感が感じられないことが多い。
畑の仕事、1日の食事や振る舞いなどは気温や体が作り出すリズムに自然に乗っていればそこまで違和感なくできる。
でも、仕事はそうはいかない。
〇月〇日までに出す書類は、あくまで〇月〇日までに出すほかない。
暖かくなったらやろう、でもなければ、眠たくなったらやめていい、でもない。
不自然だし、辛い。
スタジオで作りこまれた音楽はタイムはドンカマ(最近はクリックというらしいけれど、私はドンカマと聞いて育ってきたからドンカマのほうが親しみがある)に沿ってできているから、揺らがないし、ズレた奴が悪い。ピシッと合うのは当然。
一方、過去のレジェンドの録音などを聴くと、わりと平気でズレるし、走ったりモタったりもする。でも、少なくとも「こういうビートを出したい」というのは強烈に出ているし、「合っている奇跡を楽しむ」感が強いように思う。あと、「自然に合わせられる」のがレジェンドがレジェンドたる理由の一つなので、そうそう事故は起きない安心感があるのは断っておかねばならないだろう。(趣味のミュージシャンは私もそうだがそうそう簡単に「合わない」のである。)
どっちが良いとか悪いという話ではない。
現代的なのは「合うのが当然」な音楽だと思うし、「合っている奇跡を楽しむ」みたいな悠長なことを言っていられないような「アタリ」を永遠に作り続けるしかないような業界だとも思う。
過去のアナログな「せーの!」で合わせるようなものは現代の整然としたものに慣れた人には雑然とした世界に見えると思う。
私は「せーの!」の奇跡が好きだが。
今の若い人たちみたいに、Googleカレンダーでちょくちょくリマインドを設定し、それ通りに乱れなく生活を「合わせる」のがストレスでもなく、なんなら初期のスーパーマリオのように所定の場所でピコーン!とコインゲットしていくような満足感すらあるような人たちが羨ましい。
(もちろん全員ではないと思うけれど。そういう人が割と多いことは最近知った。)
自分の思い通りにならない、勝手に伸び縮みする時間に「振り落とされないようにうまいこと乗る」ような、非効率なことは流行らないらしい。
けれど、もう、それでここまで来てしまったからな…そう簡単に変わるものでもないのだろうな、と諦めの気持ちが9割、なのである。