大三島に移住した某薬剤師の脳みその中

生き物らしく生きたい!と思い大三島へ。毎日が冒険。

ゲストハウス近況 2018.9.17 〜100平米の壁〜

さてさて、ゲストハウスのことですが…

 

事業計画、物件取得、近くの方たちにご挨拶、金策、協力してくれる専門家探し、彼らとの打ち合わせ…といろいろ乗り越えて、とうとう解体工事が始まりました!!

 

 

 

ゲストハウスを作るにあたり、まず話題になるのが『100平米の壁』問題。

 

建築基準法で『建物を作る際には用途を定めなくてはいけない』と定められています。

ゲストハウスを民家改修して作る場合、必ず『住宅』という用途から『ホテル,旅館』に変更しなければなりません。

用途が違えば構造、設備、避難経路、耐火性能、消防設備など建築基準が変わるため、それをクリアするためには専門家に確認してもらう必要がありますし、お金もかかります。

 

そこで出てくるのが先ほどの『100平米の壁』という言葉。

100平米以下の建物の場合、用途変更は不要になります。(つまり、必ずしも専門家に相談しなくてもなんとかなる場合があります。)

もちろん建築基準を満たす必要はあります。(結局、専門家への相談は必要、ということ。)

しかし、一部の悪質なゲストハウスなどはこれを『用途変更不要→専門家のチェックが入らない→建築基準も満たさなくてもいい→お金かからない→ラッキー!』と解釈して、建築基準を満たさないまま営業を開始していたりします。

ブログなどで堂々と『ゲストハウスにするならば100平米以下の物件を探そう!安上がりで営業開始できる!』なんて書いてたり…。(確かに広いよりは狭い方が一般的に工賃は安上がりですが…。あと、賃料が高いエリアの場合は用途変更にかかる時間も馬鹿にならないので一概に嘘とは言えません。しかし、「セルフリノベーションでいける!」とか、「専門家不要!」とか主張する人もいたりするので、それは違うがな…と思うわけです。)

最近、京都などではそういった違法建築ゲストハウスの摘発強化、なんてニュースもありますね。

さらに、摘発されそうだと察知した違法建築ゲストハウスオーナーが『この物件ならばすぐにゲストハウスが開業できますよ!』と売り抜けしたりするケースまであるそう。

なんて悪質な…。

 

 

 

で、ウチはと言えば…

☆★☆100平米、軽く超えてます☆★☆

…いや、それが良くて物件選んだんですけれどね!

狭いゲストハウスより、ゆったりしたゲストハウスの方が良いもんね!!

…というわけで、我らがゲストハウス『トマリギ』は建築士の先生方をお迎えして、バッチリ建築基準をクリアし、用途変更もしっかり致します。

お金はかかりますが、夫婦ともに『安心安全のゲストハウスにしたい』という気持ちは一致しているので、建築士の先生方ともども頑張ります。

 

 

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↑ 二棟続いているのが分かるでしょうか??ゲストハウスになるのは左の棟です。真ん中の渡り廊下は建築基準や消防上の問題となるため取り壊します。なぜ二階の浮いた場所にドアがあるのかは謎。

 

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↑ 天井がバリバリとはがされていきます。

 

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↑ レトロな柄が入ったガラス戸をいっぱい廃棄することになりました。島で木工をされている方が引き取って下さいました!可愛らしい作品になるはず。

 

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↑ ほとんど土壁です。壊していくと小舞竹と呼ばれる竹の格子が出てきます。

 

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↑ 涼しくなってきて良かった良かった…と思いきや蚊がすごい!!蚊取り線香大活躍!!

 

 

 

 

 

 

 

夏はヤマノ

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↑ 家でラッパの練習がモリモリできたらいいのになぁ…

 

 

学バン (大学生のジャズビッグバンド) 出身の腐れラッパ吹きとしては、やはりヤマノ (ヤマノビッグバンドジャズコンテスト、夏の全国大会みたいなもん) というのは何やらアツくなってしまうものです。

野球好きがあーだこーだと問題点を挙げつつも甲子園を熱心に見ているようなものです。

 

機材車 (楽器を運ぶために借りる車、たいていハイエースとかボンゴとか) の賃料や移動費、スタジオ代などほんまに金がかかっていつもバンドのお財布はピーピーで大変だったなぁ…でもバンドでプレイするのは本当に楽しかった!!

 

学年が変わってメンバーが入れ替わり、最初は文字通り不協和音ばかりだったのが、だんだんメンバーの癖やら好みやらが分かるにつれお互いに音が寄り添って来るんです。

練習で技術的に出来ることが増え、サウンドが良くなるのは事実ですが、それたけではどうも説明がつかない「このメンバーだからできるプレイ」が見えてくるのがこのヤマノらへんでした。(あ、これは参加していたバンドの年間スケジュールならば、ですけれどね。)

 

 

 

私の参加していたバンドは年がら年中、Duke

 Ellingtonの作品ばかりやっていたちょっと変わったバンドでした。

…うーん、これがホント、奇跡だったと言うべきか、泥沼の入り口だったと言うべきか。

時に理解不能で暴力的で気色悪い、それでいて常に甘美で紳士で大らかで力強いEllington Music…はじめは身体が受け付けませんでした。

こちらのキャパオーバーというべきでしょうか…!

ピカソが何やらすごいのは分かるけれど、好きにはなれない!的な感覚。

それでも、熱心な先輩ほだされ、楽器を吹くことがもともと好きなのもあって練習し始めてからは、もうズブズブ…。

宇宙や命や心を学問しているような感覚に近かったように思います。

Ellington に関しては好き嫌いを通り越しました。

他のミュージシャンの作品も聴くし、演るし、好きなものも沢山あるけれど、Ellington に関しては今でも特別!!

胸がギューっと、血液がグラグラっと、空気が急に濃くなったような、そんな感覚があります。

 

 

 

今年のヤマノも盛り上がったようです。

顔も知らない後輩さんたちが素晴らしい演奏をしたらしい、という噂を聞いて胸が熱くなっています。

あのバンド、このバンドも素晴らしかったそうだ、と大会結果発表を見てニヤニヤしています。

 

どこかで聴きに行きたいなぁ…ホント、ライブはいい、ビッグバンドはいい!

 

 

 

絶対いつか島でビッグバンドやります。

みんなはじめは腰抜かして目を白黒させて、そのうちノリノリになってイェイ!とか言ってくれるようになったら最高です。

今はゲストハウス計画で手一杯ですが、絶対、絶対、この計画は実現します。

 

 

ヤマノ関係者各位、お疲れ様でした。

顔も知らぬ後輩さんたち、お疲れ様でした。

おじいちゃんとおばあちゃん

京都の母が送り火の写真を送ってきてくれました。

 

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もう亡くなって何年も経ちますが、父方の祖父母の影響は大きいなぁ、と今更思うことしばしば。

 

 

 

祖父はいつもニコニコ、トランプやらボードゲームやら花札やら、遊んでくれとせがめばいつまでも付き合ってくれました。

そんな祖父が固い顔をしたのは思いつく限り一度だけ。

公園で一輪車の練習をしていて (だったかなぁ?) 転び、左手小指をガラスで切った時ぐらいのような気がします。

網戸を洗ったり障子を張り替えるお手伝い (9割邪魔しているだけ) するの、楽しかったなぁ。

あの時代の男の人としては本当に威張ったところのないおじいちゃん、大好きでした。

ひとが亡くなるとはどういうことなのか、はじめて理解したのはおじいちゃんの最期でした。

 

 

 

祖母はとてもよく頭が回る賢い人でした。

歳をとってからは持病の影響もあって気難しい部分もありましたが、子供ながらに「将来はこんな事をしたい」「私はこんなことを考えている」などといった事に関してはいつでも真剣に話を聞いてくれました。

孫の私にはとても優しかったですが、ふわふわとした考えに対する確認や質問は非常にシビアでした。

おばあちゃんと「今」話すことができたら何を言われるかなぁ…、いまでもときどきエアーおばあちゃんと脳内空想ディスカッションをすることがあります。

誇れる身体的特徴がない私ですが、唯一とても気に入っている手の爪は祖母そっくりです。

 

 

 

 

何かの宿題で2人に戦争体験を聞いたことがあります。

内容はあまり覚えてはいないのですが、あのおじいちゃんとおばあちゃんが年表上のたったの数行にすぎない「第二次世界大戦」を必死の思いで乗り越えてきたのを聞いて、歴史と今は繋がっているのを強く感じたのを覚えています。

本や教科書に書いてあることでも直接体験したり、直接体験した人から学ぶのは違う。

…そんなことを教えてくれました。

 

 

 

おじいちゃんも、おばあちゃんも、雲の隙間から、草の陰から、私を見てくれているのを感じます。

きっとハラハラしながら見てるんだろうなぁ…フラフラした孫ですいません。

 

 

 

お盆も終わりです。

なついあつ。

暑いです。

連日、嘘のように暑いです。

この暑さを倉庫とかに溜めておいて冬に使いたいぐらい。

(昔のメイン燃料、薪はまさにそれですよね。夏育った木を切って、冬に燃やす。よく出来ているなぁ…。)

普段は冷房の効いた薬局にいるので、明らかに「楽してる」のですが、その甘えた身体のコンディションで休日草を刈ったりするともうフラフラ…。

 

 

海が綺麗です。

夕焼けなど、嘘のように綺麗です。

この前の夕焼けはモモイロペリカンの繁殖期の首の色でした。

夫氏にそう言ったら「よく分からん」と笑われました。

夕焼けも、夫氏とのくだらない会話も、幸せな時間。

ユウレイクラゲがふわふわしていたり、フナムシがゴソゴソしていたり、サヨリがピシャピシャ跳ねたり、海が本当に好きです。

 

 

丁寧になんか暮らせません。

暑いから、疲れているから…服も適当、ご飯も適当、掃除も片付けも適当。

洗面器がピカッとしていない…髪の毛が落ちている…楽譜や読みかけの本が散乱している…

庭の草木は水をやってもやってもチリチリに葉が巻いてしまうし、それなのに雑草は伸びてくるし。

それに猪に掘り返さたし。

腹立つから猪肉でドライカレー作って食べてやったけど。

とにかくあちこちささくれています。

まぁ、そもそも『丁寧に暮らす』なんてくそくらえなんですけれどね。

生きてるだけで儲けもの、ほんと、そんな暑さです。

 

 

ほんと、なついあつです。

 

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↑ ユウレイクラゲは本当に幽霊のよう。

 

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↑ 白い点々すべてユウレイクラゲ。

 

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↑ 豆アジが釣れた。夫氏と2人で食べるにはこんなもんで十分。

 

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↑ 猪はドライカレーとなってお腹へ。

 

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↑ 楽器の練習。すぐバテるのが悲しい。

 

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↑ 大雨までは調子良かった野菜たち、最近は暑すぎて弱ってる。

 

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↑ カノコガは可愛い。お洒落すぎる。

 

 

 

 

豪雨その後

定型文で申し訳ありません…が、これ以上マトモな日本語が出てこないので…

 

このたびの西日本を中心とした「平成30年7月豪雨」災害により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災され不自由な生活を余儀なくされている皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 

 

わたしの住む大三島もひどい雨でした。

こんなに激しく長く雨が降るなんて、想像もしていませんでした。

朝も、昼も、夜も、雨。

それがずーっと続くんです。

滅入る…そしてジワジワと怖くなってくる…。

 

私や夫氏は無事、家に関してもこれといって大きな被害は受けませんでした。

しかし、可愛がっていた鶏が二羽とも何者かにやられました。

一羽はさらわれ、一羽は変わり果てた姿で発見されました。

木が雨に濡れたり湿って柔らかくなっていたんでしょうね…釘や金具が引き抜かれ、金網が押し広げられていました。

おそらく鶏たちは騒いだんでしょうが、雨の音でひとつも気付きませんでした。

申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

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大三島で亡くなった方は幸いいないそうですが、浸水被害や土砂流入による被害は起きました。

島の温浴施設、多々羅温泉も被災し、営業再開の見通しは立っていません。

 

ただ、一時営業が出来なかった飲食店などの店舗もほぼ通常通りの営業に戻っています。

観光などに来られる際は路面状況によく気をつけてお越しくださいね。

 

 

職場は因島、こちらは広島県尾道市になり、行政区が異なるので状況は異なります。

三原市、本郷の浄水場が浸水被害で一時停止してしまったため、いまだに断水しています。

テレビで報道されるような派手な被害ではないものの、この暑さでお風呂に入れず、洗濯もできず、そして何よりトイレが流せないのはしんどい!!

トイレ回数を減らすために水分摂取を控えている患者さんもいます…必死で飲んで!飲んで!と指導するものの、高齢者や身体が不自由な人たちにとって水汲みも大きな負担…事態の深刻化は避けられません。

職場でも断水していない地域に住んでいる職員や井戸をもっている職員で水を持ち寄り、なんとかしのいでいる状態です。

 

それでも、断水の解除の予定は立っていますし、日に日に道路状況や物流が良くなってきました。

この暑さの中、休みも夜も返上して市民生活のために頑張ってくださっている人たちには本当に頭が下がる思いです。

 

 

ふだん自然に生かされているのを感じていますが、こんな圧倒的な力を見せつけられるとゾッとします。

水、電気、ガス、物流などのインフラが失われた時の不安や不便は想像を絶するものがあります。

ホント、人ごとでなく被災時の家族合流場所打ち合わせや、子供やお年寄りの早めの避難計画、避難セットの準備はすべし!!マジすべし!!

 

 

そして、お手伝い出来る人はお手伝いして、それ以外の人はガンガン働いて消費して生産すべし!

自粛ムードよくない!!

戦後の焼け跡の奇跡の復活ではないですが、ある種そんな部類のパワーや熱気は必要です。

関係ない人たちまでお通夜みたいな顔して「贅沢は敵だ」とか「人様にリッチな生活見られたら困る」みたいや空気になるのは良くない!!

ギラギラな生活して、休みは遊んで、贅沢して、働くときはバリバリ働く、日常の生活を我慢しない…そしてちょっと落ち着いたらぜひ被災地にもモリモリ遊びにきてジャラジャラお金落としていってくださいませ。

今はそれどころではない被災地ばかりですが、復活には時間がかかります。

今後、国内の経済や雰囲気そのものがとても大事になってきます。

みんなで少し頑張れば日本はだいぶ元気になると思っています。

 

 

この連休はすっかり土砂が流れ込んで浅くなってしまった溝の掃除をしようと思います。

暑すぎて冗談ではなく死にそうですが…そして我が家のアイドル烏骨鶏たちの甘える声が聞こえなくなりとても寂しいのですが…やれることから1つずつやっていこうと思います。

学校の体育が嫌いだという話

今日はたいへん了見の狭いことを愚痴垂れてみようかと思います。

聖人君子になれない、人間が小さいワタシの紹介。

 

ワールドカップ、盛り上がっていますね。

私は長友さんが好きです。イメチェンした髪型はいただけませんが。

埼玉スタジアムで日本 vs オマーンを見たときに、「なんじゃこの人は!ずっと走ってるやん!すげえ!」と思いました。(小並感)

 

しかし、胸の奥で「スポーツなんか見て楽しんでしまうなんて、私も丸くなったもんだ」と半ばあきらめたような感覚があるのは事実。

 

というのも、学校の体育が滅茶苦茶嫌いだったから。

体育嫌いが乗じて、「スポーツ」「運動」「スポーツ選手」「スポーツチーム」「スポーツ好きな人」などすべてにどこかネガティブなイメージがあるのです。

 

そもそも私に運動センスがありません。

水泳はかろうじて人並み程度に泳げたのでまだ大丈夫でしたが、その他は皆目だめです。

 

ドッジボールをすればボールを取るのも投げるのも無理、逃げるのもどんくさいので「さっさと自ら当たって外野から応援する」のがチームにとっての最善策。

走ればビリから数えたほうが早いし、体操は前回りで限界、側転とか人間のなせる業ではない!

ソフトボールや卓球はそもそもボールが見えないし(自分に向かってくるものが極端に見えていない自覚あり)、バレーボールやバスケットボールをすればドリブルもトスもレシーブもできないのに突き指だけは立派にする始末。

サッカーはわりと楽しかったけれど、スポ少なんかに入っている子たちと組まされても何も役に立たず、声出しメンバーとして活躍。(ハッ、大きな声を出すのが楽しかっただけ?!)

 

薬剤師がこんなことを言うと業界仲間に怒られたりするのですが、あえて慣用句として言うならば「運動神経がない!!」のです。

 

そもそも体育教師というものが苦手なのです。

声ばかりでかくて、高圧的で、できる子ばかり指導して。

たいてい理論的というよりかは感情的で、落ちこぼれの私からすると恐怖の存在でした。

 

今はだいぶ改善されているのかもしれませんが、指導にも不服がありました。

「遅いなりに少しでもタイムがよくなる走り方」とか「ケガしないボールの受け取り方」とかを教えてほしかった。

「足をもっと速くうごかす!」とか「腕をふれ!」とか「積極的にボール取れ!」言われても、できないから困っているんじゃん!!と完全にふてくされていました。

 

自分がへたくそなのは自覚しているのに、見せしめのようにうまい子もいるチームに入れられて、結局チームの足を引っ張って、「やっぱりあなたはダメね」といった評価を得るだけの体育のどこが楽しいというのか…。

「あなたはゲームするほどうまくないから、基礎練習をやってもらいましょう」と言ってくれたらどれだけ救われたか…。

教師は「ゲームする楽しみも知ってほしい」という気持ちをもってチームに入れていたのかもしれませんが、「他人に迷惑をかけている」ことぐらいは理解していましたし、そんな自分を強く恥じていました。

 

テストも意味不明でしたね…「ラインの太さ」とか「コートの幅」とか「ボールの材質」とか覚えて何になんねん!と子供ながらに疑問に思っていました。

まあ、ペーパーのテストは苦手ではなかったのですが。(一夜漬けの神と呼んでください)

どうせなら「野球の球の投げ方とその特徴」とか「サッカーのオフサイドとは」とかを教えてほしかった…せめて観戦はもっと楽しくなっていたように思います。

もしかしたら教えてくれていたのかもしれませんが、すべて「スポ少とかですでに知っている子向け」だったような…少なくとも私は理解できていませんでした。

 

かくして、体育のある日は本気で雨乞いし、「体育」とか「運動」という単語には強いアレルギーを示す立派な体育嫌い学生に育ったわけですが、気持ちが変わったのは大学1年生のとき。

出席すればほぼ成績がつく体育で、キャッキャ言いながら汗を流すバドミントンのなんと気持ちの良いことか。

はじめて「運動、楽しいかも?」と思った瞬間です。

体育教育をすでに10年以上受けてきたにも関わらず、「楽しい」と思ったことがなかったことに愕然としました。

 

その後、なんだかんだでハイキングが好きになったり(これを運動と呼ぶかはおいといて)、時にはスポーツバイクで何十キロも、何百キロも走ったりするようになりました。

体育は嫌いだけれど、運動はもしかしたら嫌いじゃないのかも。

 

…とまあ、運動嫌いは多少改善されたとは言え、自分のセンスのなさが原因とは言え、学校の体育は今も思い出すとムカッとくるほど大嫌いです。

 

もし教育者の方がいらっしゃったら「どんくさいやつはこう感じていることもある」とどこか心の隅っこにおいといていただければと思います。

大人になったときに「運動は気持ちがよくて、健康にも良い」「スポーツ観戦は楽しい」と素直に思えるように教育していただければ…。

(たぶん、どの教科においてもそうなんでしょうけれどね。特に音楽とか。)

 

震災と大三島

大三島に移住する直前に住んで、仕事をしていた北摂エリアが地震で大変なことになっています。

とりあえず、親戚や知人は無事だったようで良かった…けれど、やはり相当な地震だったのは事実なようで、知り合いの家でも食器が飛んだ、冷蔵庫が勝手に開いて中身が散らかった、ガラスが割れた、棚が倒れた…などの被害が出ているようです。

 

 

 

子供の頃、阪神大震災で祖父母の家を失っています。

子供の記憶なので曖昧ではありますが、相当なショックだったのは間違いありません。

当時住んでいた岡山でも結構揺れました。

テレビが映し出す、街全体を包み込む火事や阪神高速が倒れている姿…その記憶はしっかり残っています。

 

東日本大震災が起きたのは京都の病院で実習をさせてもらっていたときです。

ちょうど混合作業をするために吊るしていた抗がん剤の点滴がブラブラと揺れて、目眩のような感覚がしました。

あの時、ざわつく現場で薬剤師長が「ここは病院だ、落ち着いて現場を回せ、ミスするなよ!」と言ったのは印象的でした。

普段はわりとヘラヘラしている (失礼!)人なのですが。

宿直室のテレビで、綺麗に整えられた畑を黒い海水が走る画像を見てただ事ではないと背筋が凍ったのを思い出します。

その後も患者待合室のテレビで原発が煙を吐くのを見て震えたり。

 

熊本の地震は、正直馴染みのない場所だったので「遠くで起きた自然災害」という感が強かったのですが、この前熊本に初上陸したときに「これは本当に大変な地震だったんだ」と思いました。

サイボーグのような熊本城、町のいたるところに残る傷跡…今も3万人以上の方が仮設住宅暮らしされているそうです。

すでに「過去の話」になりかけているのが怖いところです。

 

 

幸い、私自身はいっぺんも地震で命の危機や生活の不自由を感じたことはありませんが、地震は怖い、とにかく怖いです。

少しでも防災を意識してみようかな、ということで、大三島ハザードマップを貼っつけてみます。

これは南海トラフ地震を想定して作られたマップなので、直下型ならまた別のお話になります。

(ただし、分かっていないだけかもしれませんが、現時点のデータでは大三島活断層は通っていないことになっています。直下型地震が起きる可能性はそんなに高くないのかな、と分析してはいます。)

 

 

 

地震ハザードマップ

http://www.city.imabari.ehime.jp/bousai/bousaimap_jisin/jisin04.pdf

 

津波ハザードマップ

http://www.city.imabari.ehime.jp/bousai/bousaimap_tunami/tunami10.pdf

 

 

*海ぎわ、山ぎわにかたまる集落

*全国平均より進んだ高齢化

*建物の老朽化 (ほとんど既存不適格)

*火災に弱い (集落の作りが狭い、木造密集)

*橋が落ちたら物流遮断

*官公庁機能、防災機能のキャパシティ

*すぐに助けてもらえない地理的要素

 

このへんが課題でしょうか。

 

 

 

一方で大三島の良さもあります。

 

*帰宅難民、公共交通機関難民は生まれない

*集落内、だいたい顔のわかる人間関係

*瀬戸内海なので津波到達に地震発生から200分以上かかる (最大規模の南海トラフ地震で想定、尾道市で290分程度)

*そもそもの人口が少ない

*プロパンガスなので都市ガスに比べて復旧が早いと思われる

*安全な「建物や地下構造がないところ」がある

*大工や土木作業に慣れた人が多い

*薪やかまどの扱いに長けた人が多い

*何かしら食べられるものがある、初期2〜3日ならなんとかなりそう

*近くに火山はない

 

 

 

うーん、まぁ、やはり、一般的に言われるように

 

*水の確保

*加工せずに食べられる非常食の確保

*トイレ含め衛生に対する準備

*避難経路や家族との再会場所の確認

*家具固定、転倒防止対策

*家族のうち、子どもや高齢者など、自力で逃げられない人の防災、避難計画

 

…らへんは必須ですね。

早速、夫氏と「どこに逃げるか」は確認しました。

水と非常食は避難バッグを早々に作ろうと思います。

 

 

 

今回の大阪の地震をはじめ、これまでの大きな地震の被害にあわれた方たちには、募金ぐらいしかできませんが一日でも早く普段の生活に戻れるように応援しています。