大三島に移住した某薬剤師の脳みその中

生き物らしく生きたい!と思い大三島へ。毎日が冒険。

身も蓋もない教育の話

大変センシティブな内容も含むので、誤解なきよう言葉は選んだつもりです。

どこかだけ切り出して読むぐらいなら読まないでください。

読むなら最後まで読んでください。

 

まあ、そこらへんの一般人の脳みその中の話なので、読むに値する内容かどうかは保証しませんので。

そのへんよろしくです。ハイ。

 

 

さて、犬を飼い始めました。

憧れの犬です。

子供のころからずっと飼いたかった犬です。

すっと飼いたかっただけあって、犬種のこと、飼い方のこと、トレーニングや病気のこと、グッズや犬にかかわるいろんな法制度などあれこれ、頭でっかちやなぁ、と笑われるぐらいあれこれ勉強したうえで、あとはエイヤ!の勢いでお迎えしました。

毎日犬と遊ぶ時間が最上の楽しみになっています。

 

保護犬ということで犬種はまごうことなき雑種です。

よくありがちな柴犬っぽい面構えの、いかにも犬といった感じの犬です。

正確な誕生日は分かりませんが、お迎えした時点で生後3か月手前、といったところでしょうか。

家族になった以上、人の暮らし、我が家の暮らしに慣れてもらわねば困ります。

お互いいろんなことを勉強しあっているところです。

 

犬というものは長い歴史の中で意図的に人の手がかけられてきた生き物です。

羊を束ねるため、番犬してもらうため、獲物を追いかけてもらうため、獲物を拾ってきてもらうため、おとなしく撫でられてもらうため、レースなどで早く走らせるため、闘犬で勝ってもらうため、など明確な目的をもって犬種は固定されてきています。

どんな犬でも教育でいろいろなことはできるようになりますが、DNAに染み付いたそれぞれの犬種の特性はあらかじめ理解したうえで教育する必要があります。

車や生き物など動くものを強く追う性質があったり、人が好きすぎて誰彼構わずじゃれる性質が強かったり、頑固でなかなか人をすんなり信じない部分があったり。

そんな性質をよく理解して、現在の人間生活には時には害になるような性質を抑え込むように教育したり、その性質を人の生活に害にならない形で活かせるようなアクティビティを生活の中で積極的に取り入れていく必要があったりします。

 

我が家の犬は雑種なのでどういった性質や特性が出てくるかは不明ですが、ベースは柴犬系日本犬っぽいのでそれなりに自立心があるタイプじゃないかなと思っています。

日本犬、とひとくくりにするのはさすがに雑ですが、それでも洋犬と比べると

*べたべたかまわれることが苦手なことがある

*信頼関係がある人には忠実だが誰にでも心を開くわけではないことがある

*じっと目を合わすのはあまり得意じゃないことがある

*あれこれ細かく指示されるよりは自分で考えるほうが好き・得意な傾向がある

*自立心が高く、それなりのプライドがある

*何事に関しても警戒心が高すぎることがある

*(特に柴犬)不安や興奮で吠えたり噛む傾向強く、咬傷事故になることが多い

など、多少は念頭に置いておくべき特性があります。

もちろん個性があるので、何事も決めつけてはいけませんが、いくらかは「噛み癖のトレーニングはしっかりめにしておかないとな」「いろいろなものに慣らさないとな」などとは頭の片隅に意識を置いてお付き合いしています。

 

 

人間の教育もやはりDNAの特性は念頭に置くべきだと思うんですよね。

子供の可能性は無限大、というのは事実ですが、良くも悪くもカエルの子はカエル、というのも事実だと思うんですよね。

 

我が家の娘も、「身体がバリ固の夫」と「運動神経ちぎれている系の私」の子なので、おそらく職業バレリーナとかにはなれないと思うんですよ。

もちろん、本人がやりたい!と興味を持てば教養程度にはやらせてあげたいですが、生き馬の目を抜くプロの世界に行くんだ!と言い出したら「落ち着け」と言うと思います。

マイナスからのスタートであることを本人が理解したうえで、それでも挑戦したいという覚悟があり、実際にマイナスを埋める努力をしているならば応援はしますが…。

 

スポーツはわりと理解できる、と共感を得られそうなんですが、正直勉学においてもその他の日常生活においても一緒だと思うんですよね。

「視覚情報に強い人」「聴覚情報に強い人」「同時処理能力に優れた人」「空間認識能力が高い人」など、DNAに振り回されるパラメーターって本当にいろいろあって、残酷なようですが、努力しなくてもできること、努力してもなかなかできないこと、というものは確実に存在します。

 

身も蓋もない話をすれば、親の自己分析が教育のベースになるんじゃないかな、と思うわけです。

苦手(になりそう)なものは丁寧に、少しずつ、確実に教えていく。

得意(になりそう)なものは興味を持てるようにお膳立てをする。

そういったことが大事だと思います。

何事も「努力」とか「根性」だけじゃないと思うんですよね。

 

 

こういうことを言うと、「可能性を狭めている」「親を追い詰めている」とか言われたりするんですが、逆ですよ。逆。

目が見えない人に努力と根性で文字で勉強しろというのは酷な話です。(それがいわゆる差別ですよね。)

視覚情報以外を使って学習をしたり、資格情報以外が特に重要な分野を習得できるように手伝ったりするのが筋ってもんでしょう。

子の特性をしっかり分析して、親は親で自分の特性を分析して、伝え方や機会を工夫する、というのはしんどいけれど楽しいことだと思うんですよね。

犬の雑種もそうですが、親の特性が分からない場合は教育者の経験や知識で補うことが必要になってきますが、そういう場合はそれこそ遺伝子検査等で特性を知る、というのもアリなのかもしれません。

 

 

教育なんて思い通りにはいかない、というのは当然ですが、だからこそ傾向分析と対策は必要かな、と思います。

犬種別のトレーニング重点の違いと一緒じゃないでしょうか。

教育する側も、される側も、より幸せに生きるために。